すべてが猫になる

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みんな行ってしまう/What You Make It (ねこ3.9匹)

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マイケル・マーシャル・スミス著。嶋田洋一訳。創元SF文庫。

 

 『スペアーズ』の鬼才が贈る、哀感と郷愁に満ちたSFホラー集。小品ながら忘れがたい味わいを残す表題作、奇跡の医療用ナノテクがもたらした人類の意外な終末「地獄はみずから大きくなった」、田舎町に暮らす不思議な絵描きを巻き込んだ事件を描いた英国幻想文学大賞受賞作「猫を描いた男」、巨大テーマパーク兼養老院での奇怪な冒険劇「ワンダー・ワールドの驚異」など12編。(裏表紙引用)

 


不勉強ながら「スペアーズ」なるものを知らないのだが、ネットで見つけて惹かれるものがあったので読んでみた。背表紙が紫なのが目印のSF文庫ではあるが、白のほうのホラー系で出してもまた良かったかもしれない。

 

「みんな行ってしまう」
少年がある男を見かけるようになってからの、郷愁的雰囲気が強い不思議系の物語。

 

「地獄はみずから大きくなった」
コンピューターによるシステム設計を始めた二人の男と一人の女。十年後に女は死亡してしまうが――。出だしはSF的だが、後半はホラー。え、え、えええ?というぐらい世界観が変わってしまうので面食らった。

 

「あとで」
妻を交通事故で亡くしてしまった男。だが、彼女は甦り男はいつもの日常に戻った――。死者の甦りというのはよくあるテーマだが、ありきたりながら男の心情や行動が狂人的で、そこには一種の美学すら感じ取れる。

 

「猫を描いた男」
絵のうまい男と、夫にDVを受ける女が登場する。絵から飛び出す何か、というのも初めて見るものではないのだが、語り手の男の表現の違いなのだろうか、この独特の雰囲気というのは。

 

「バックアップ・ファイル」
これも交通事故で家族を失ってしまった男の物語。こちらは死者を甦らせる会社を媒介し、よりSF的だ。これまたタブーをおかしてしまった人間の、よくある末路なのだが――。SFとの融合がうまく出来ているためか、論理的かつ不気味な作品に仕上がっている。

 

「死よりも苦く」
ビリヤードに興じる青年の恋愛ホラー。妄想が激しく、育ちにも問題があるため悲劇的な物語になっているものの、ある種の様式美を感じる作品。こちらも前半と後半で方向性が違うように見えるが、これが効果的というか、次何が来るんだろう?というような、やめられない止まらない感情が生まれる。

 

「ダイエット地獄」
ギャグホラー。箸休めにどうぞという感じ。どんどん太っていく男がダイエットを決意したものの、その先にあるのは・・・。私には、これが唯一の「正統派」ホラーに見えるがどうだろう。

 

「家主」
家、仕事、恋人、家具――全てが借り物だとすれば、人生そのものが借り物であるかのような錯覚を起こすのだろうか。これも後半の盛り上がりは見事、やり過ぎ感は否めないが。

 

「見知らぬ旧知」
語り手の青年には、かつて四人の元カノがいた。いずれもそれぞれに問題を抱えていたが、現在友人のスティーブの恋人も何やら異常があるようだ――。ミステリ的な作品と捉えるなら、いつもの私なら「ありきたり」と評するだろう。

 

「闇の国」
大学生活からかつての家に戻った青年。だが、家がおかしい。傾き、破壊され、謎の男まで視界に入るようになった――。語り手が、目に映るもの脳内に蔓延るものを何かに喩え妄想を繰り広げるのもホラーを読む醍醐味なのだな。

 

「いつも」
母を亡くした女性が実家へ戻り、残された父親と思い出を語り合う。父には不思議な能力があって、プレゼント包装を、折り目が全くない状態で包むことができるのだ――。不気味かつハートフルでさえある物語。

 

「ワンダー・ワールドの驚異」
この作品だけ、前半が独特だ。犯罪小説さながら、語り手の男はどうやら誘拐犯のような匂いをさせている。展開も暴力的だし、レジャーランドとの対比がうまく出来ている。ラストの、遊園地のキャストの語りも唐突ながら物語の締めにいい味を出していると思う。


以上。
ここまで読んでもらえた方には伝わっただろうか。この作家の特徴として、理解が出来ないわけではないのに、後半に突入するまではどういうお話なのかがさっぱり読めないところが挙げられる。あとがきでは、訳者はそこを欠点と判断して切っているようだが、私はそうは思わない。確かに、誰にでも薦められる作家ではないだろうし万人受けはし難い作風だが、読みづらいわけではないし咀嚼し得ない世界観ではない。文章から見られる「何も起こっていない」段階での想像力や比喩あってこそ、後半の「定番」を非凡たらしめていると思うのだが。。。個人の好みで英国幻想文学大賞となった作品の収録を見合わせたというのも残念。それはさておき、個人的には上品で粘りけのないところがとても気に入った作品。長編はどうだろうな。この作家さん、短編のほうが良さそうな匂いがするけれども。