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サクラ咲く  (ねこ4.4匹)

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塚原マチは本好きで気弱な中学一年生。ある日、図書館で本をめくっていると一枚の便せんが落ちた。そこには『サクラチル』という文字が。一体誰がこれを?やがて始まった顔の見えない相手との便せん越しの交流は、二人の距離を近付けていく。(「サクラ咲く」)輝きに満ちた喜びや、声にならない叫びが織りなす青春のシーンをみずみずしく描き出す。表題作含む三編の傑作集。(裏表紙引用)

 


3編収録の中編集で、1、2編目は2009~2010年に「進研ゼミ」にて掲載されていたものらしい。読むまで知らなかったのだが、児童向けの小説になっている。1編目の「約束の場所、約束の時間」はタイムトラベルを扱った時間SFに中学生の友情をテーマにした爽やかな物語。この作品を読むまでは、ストレートすぎるというのかいくら児童向けと言っても毒がなさすぎるな~と思っていた。

 

印象が変わったのは2編目の「サクラ咲く」から。同じく児童向けでありながら辻村さんらしい厳しい試練を主人公に与えた素晴らしい青春小説だった。主人公のマチは本が大好きで、誰よりもたくさん本を読んでいる女の子。言いたいことが言えないのが悩みで、図書室の本に偶然見つけた一枚の便箋から、誰とも分からない誰かと秘密の文通を始めることになった。そんなマチと友人たちの、思春期のデリケートな人間関係がリアルに描かれている。明るい子も、勉強のできる子も、皆それぞれ悩んでいるんだということに気付いてからの、マチの変化がまぶしかった。登校拒否となったクラスメートと歩み寄りたいという気持ちには、自分のほうが中学生から何かを教わったようなそんな気分にさせられた。話違うけど、「紙音」ていい名前だな。

 

3編目の「世界で一番美しい宝石」。これにやられた。映画同好会に所属する3人の男の子と、かつて舞台で輝く演技を見せた図書室の女の子・亜麻里の物語。学校というものは、勉強やスポーツが出来たり、モテたりする生徒のもの――そんな認識を持った主人公・一平。この物語が独特なのは、そういう子が明るくなって生徒会に立候補したりなどの一念発起をするというような、ありきたりの成長物語ではないところだ。映画が好き、本が好き。その気持ちが、スポーツで流す汗や異性と付き合う時間に劣っているなんてことは決してない。一平の切実なその訴えが、作者である辻村さんの想いのように見えて心が締め付けられた。加えて、彼らが亜麻里に依頼された、「宝石職人が自分のすべてと引き換えに得るかもしれない美しい宝石」の話、その後――。どんなに探しても見つからないその本。すべてを諦めかけたその時、彼らは亜麻里が演劇部をやめた経緯を知ることになる。「知る権利」という名の、残酷な魔物によって。その時彼らが決断した、物語の続きとは。いいなあ、いいなあ~(T_T)。お店にあるどんな立派なものよりも価値があるんだろうな。青春って素晴らしい。中学生の頃にこの本に出会っていたら、何度も何度も読み返したと思う、自分。

 

1、2編目との驚きのリンクもあって、そういう点でも楽しめる小説。多分世間より評価高くしてるけど、自分の気持ちに正直に。とても素敵な作品集でした。