すべてが猫になる

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乱反射  (ねこ4匹)

 

地方都市に住む幼児が、ある事故に巻き込まれる。原因の真相を追う新聞記者の父親が突き止めたのは、誰にでも心当たりのある、小さな罪の連鎖だった。決して法では裁けない「殺人」に、残された家族は沈黙するしかないのか?第63回日本推理作家協会賞受賞作。(裏表紙引用)


さすが評判の作品。今まで読んだ貫井長編の中で一番良かったのではないかな。(「慟哭」はジャンル違いと見做して)本書はどういうお話かというと、2歳の幼児が倒れて来た街路樹の犠牲になって亡くなったという事実が冒頭で淡々と述べられ、そこから時系列を遡って、「なぜ街路樹が倒れたのか」を辿っていく体裁になっている。普通、街路樹ってちょっと強い風が吹いたぐらいでは倒れませんよね?その原因を作ったのは1人2人の人間ではなく、ここに登場する一見無関係な普通の人々のモラル違反の重なり。

 

大手企業に勤める夫と就職した娘を持つ専業主婦。街路樹伐採の反対運動を行う。
定年退職し、家庭での孤立から犬を飼い始めたおっさん。腰痛を理由に犬のフンを片付けない。
裁判沙汰や責任を放棄したいがため、アルバイト医として無難に勤める内科医。救急患者を拒否。
風邪引きがちの大学生。待つのが嫌で、夜間救急ならすいているという考えを持つ。
市の道路管理課職員の若者。平和主義で無気力。公務員のプライドゆえにフンを片付けなかった。
造園会社社員は極度の潔癖症。木の根元のフンが原因で検査を怠った。
4人家族長女。家族にドライバーとして使われるが、車庫入れが大の苦手で車を乗り捨てる。


細かく言うともっと居るのだけれど、メインはこのあたり。
まあ、ちょっと箇条書きにしただけでもわかる通り、そばにこういう人居たらイライラするだろうな~と思うような、どこにでも居そうなちょっと迷惑な人々。うん、でも、専業主婦、フンのおっさん、大学生はレベルが高いような(笑)。まあ、私が心当たりのある「やってはいけないこと」を聞いて「なんてことを!」って思う人も居るだろうから、価値観の違いなんだろうけど。基本的にはここに出てくる登場人物はみんなイライラするけど、そうするに至った前後関係もあるわけで、そしてそれでも皆どこかちょっとだけいいやつで。

 

で、肝要はその人達が自分の行動を糾弾され心のどこかで恥じながらも、絶対に謝らないゆえに被害者の父親が苦悶するところ。幼児が亡くなったというこれ以上はないくらい悲惨な出来事だというのに、人々は絶対に責任を認めない。正直、それはそうだろうなと思う。これ書いたら批判もらうかもしれないけど、私がこの中の誰かだったら絶対死の責任までは認めないだろう、と想像できてしまう。悲しく辛い気持ちにはなるし、ごめんなさいとも思うけれど。例えば、自分が出来心でゴミを分別せずに出したとしよう。それが原因で市の職員がこんなに苦労した、迷惑した、それならわかるし納得できる。しかし、それが原因であなたのせいで人が死にましたと言われても。。。しかも、原因は1つじゃなく5つも10つもの関連でそれが起こっているんじゃ、罪の意識は薄くならざるを得ない。で、実際に犯罪ではない。

 

つまり、1人1人がモラル、マナーを意識して、想像力を持って生きて行ける社会にしようという。個人の目にその結果が見えないから問題なのだと。なんだか仰々しい話になってしまったけれど、こういう普遍的なテーマで本書のような読ませる物語を仕上げる貫井さんは凄いな、って話。あくまで説教じゃなくて小説なのでね。でも、なんだかこう、感想を書く人の人間性を試されるような小説ではあると思う^^;こういう切り口で来られたら、じゃああんたはそれだけの人間か?と言われると黙ってしまう人がほとんどじゃないかな。この被害者の父親が最後に辿りついた、ある「自覚」がそれを表している気がするなあ。

 

文庫約600ページの大作だけど、長さを感じさせない面白さであります。