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くらやみの速さはどれくらい/The Speed of Dark  (ねこ3.3匹)

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エリザベス・ムーン著。ハヤカワ文庫。

自閉症が治療可能になった近未来。自閉症者最後の世代であるルウは、製薬会社の仕事とフェンシングの趣味をもち、困難はありつつも自分なりに充実した日々を送っていた…ある日上司から、新しい治療法の実験台になることを迫られるまでは。“光の前にはいつも闇がある。だから暗闇のほうが光よりも速く進むはず”そう問いかける自閉症者ルウのこまやかな感性で語られる、感動の“21世紀版『アルジャーノンに花束を』”。ネビュラ賞受賞作。 (裏表紙引用)


幼少期の治療で自閉症が完治する。そんな近未来の、幸か不幸かその治療を受けずに大人になった自閉症者・ルウとその仲間の物語。彼らは成人してからトレーニングを受け、大企業の同じ部署に就職。好きな音楽を与えられ、恵まれていると言える環境に身を置いているのだが、彼ら曰く「正常」の人々からの差別もまた日常的なものであった。会社に内緒で仲間とフェンシングサークルに入っているルウだが、「正常」側の女性・マージョリへ恋心を抱く。人並外れた天才でありながら、彼が「正常」とは違う自分を哲学的に論理的に追求して行くのがこの物語の特徴だ。

読み進めて行けば行くほど、ルウの何が自分たちと違うのかがわからなくなる。人を愛する事が出来、仲間を思いやる事が出来、フェンシングの腕前は一流で、犯罪を悪い事と判断する理性があるルウ。自我とは何だろうか?
「正常」は些細な感情の機微とは切り離すことが出来ない。笑顔の裏にある微妙な嫉妬や怒りの裏にあるジョークを表情で感じ取ってしまうルウだが、それを理解する事は困難らしい。「やりたいと思っている」は「やる」と同義ではないということ、「君を心配している」の言葉の陰には保身や計算があるということ。「正常」なら当たり前だが、ルウにはそれが欠陥として映る。そして彼らは正常なのになぜ間違えるのか?叶うはずもない夢を追いかけたり、適正がない職業を目指したりするのもまた正常なのだ。それがルウには愚かだと映る。正常であることは本当に幸せなのか?このあたりが特に考えさせられる要素かと思った。

ラストでルウが決断した選択に読者が「悲しい」と思うのか、「これで良かった」と思うのかは人それぞれ。個人的には前者が多いと予想するが、その感想もまた読者の価値観の優先順位が問われるところだろうか。


しかし。長い。長すぎる。読みやすいのが救いだが、正直これだけのことを感じるがためにここまでの文量が必要だったとは思えない。問題提起や感情の揺さぶりも重要だとは思うが、小説としての面白さをそれより前に求めてはいけないだろうか。

(604P/読書所要時間6:00)