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ブラック・ダリア/Black Dahlia  (ねこ3.5匹)

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ジェイムズ・エルロイ著。文春文庫。

1947年1月15日、ロス市内の空地で若い女性の惨殺死体が発見された。スターの座に憧れて都会に引き寄せられた女性を待つ、ひとつの回答だった。漆黒の髪にいつも黒ずくめのドレス、だれもが知っていて、だれも知らない女。いつしか事件は〈ブラック・ダリア事件〉と呼ばれるようになった?。“ロス暗黒史”4部作の、その1。 (裏表紙引用)


映画化もされ、現実に起った未解決事件を扱った作品という事で、ご存知の方も多いかと思う。本書はフィクションの形を取った融合作品。
エルロイの著者紹介にある通り、彼が10歳の時に母が何者かに惨殺された過去を持つという、正真正銘の真摯さを備えたノワール作家である。ノワールを語るならばエルロイは必読と言う情報をちらほら見てはいたが、正直軽い気持ちで手に取る気にはなれず、かなりの思い切りを必要とした。

その迷いはやはり的中、いや、想像以上の辛い読書となった。
とにかく読む手が先に進まない。なかなかブラック・ダリア事件が物語上発生しない鈍い展開に加え、
噂に聞いていた通りの読み辛さである。主人公はバッキー・ブライチャートという元ボクサーの巡査で、パートナーとして共に事件を探るのはこれもまた元ボクサーのリー・ブランチャード巡査部長。
ファミリーネームが酷似している事は紛らわしいが、二人の異名がブラック・アイスにブラック・ファイアとこれまた対照的。ボクシングの試合や一見関連のない悪質な犯罪が次々と展開されて行くので、
一体これはどういうスタンスで描かれた物語なのか中盤まで見えなかった(もちろん無関係であるはずはないのだが)。さらに、ブラック・ダリアことエリザベス・ショートの関係者や容疑者が次々と現われ、彼女の人柄が徐々に徐々に剥き出しになってゆき、一人の哀れな女性を死後なおも辱める。殺害方法や遺体の残酷さやブランチャードの恋人・ケイの元恋人の異常性がなんらの躊躇もなしに明らかにされ、さらに腐敗した刑事達一人一人の吐き気を催すほどのあくどさすらも判明してゆく。これはもう自分の許容範囲の「楽しめる、面白がれる」ものではない。内容の濃さで言えばここ数年読んだものの中では類を見ないだろう。重要な人物のまさかの死、刑事という立場での過度な私刑、理不尽と言う名の悪夢がこれでもかと襲い掛かるのだ。

この作品を充分に言い表わす的確な言葉を自分は知らない。異質のケッチャムともトンプスンともまた違う異質さ、これを説明するなら間違いなく作品と読み手との距離の近さである。ブラック・ダリアの幻影に振り回され続けたブライチャートに作者の姿が重なり続け、いつまでも消える事はない。二度と読む事はない作家だと思うが、生涯忘れられないトラウマが自分の中に残る事を恨む。酷い作品だという言葉を賛辞として贈ろう。

                             (572P/読書所要時間8:00)