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停電の夜に/Interpreter of Maladies (ねこ4.9匹)

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ジュンパ・ラヒリ著。新潮文庫


毎夜1時間の停電の夜に、ロウソクの灯りのもとで隠し事を打ち明けあう若夫婦ーー「停電の夜に」。
観光で訪れたインドで、なぜか夫への内緒事をタクシー運転手に打ち明ける妻ーー「病気の通訳」。
夫婦、家族など親しい関係の中に存在する亀裂を、みずみずしい感性と端麗な文章を表す9編。
ピュリツァー賞など著名な文学賞を総なめにした、インド系新人作家の鮮烈なデビュー短編集。
(裏表紙引用)



評判を聞いて、めちゃくちゃ良さそうだと思って買っておきながら積読しておりました。
最近、積読本の中に大当たりが多いような。。^^;

9編収録されているのですが、これは何かの傑作集なのか?と信じたくなる程にハズレのない、
震えるほどの作品のオンパレードでした。作品のそれぞれの共通点といえばあらすじの通りなの
ですが、舞台がアメリカ、インドとさまざまで登場人物も人種がさまざまです。
しかも、どれも私達と変わりない「普通の人々」の普通の暮らしの中で起こる、小さな小さな
個人的な出来事、が描かれています。取り立てて大きな事件は起こらず、派手な展開でもなく、
本当に日常にある、不信感だとか、孤独だとか、哀れな悪意だとかを扱っているのです。


中でも本当に素晴らしかったのが、原書のタイトルだったという「病気の通訳」。
患者の病気の症状を医者に通訳する仕事を持った、タクシー運転手が主人公。
妻に仕事を認めてもらえない、普段尊敬される事のない彼。そして彼はインド観光に来た家族の
母親に個人的感情を持ってしまうのです。
これはもう、本当にどうしてこういう書き方が出来てしまうのか、、、というぐらい素晴らしい
作品だった。普段主人公になる事のない地味な生活をしている男が、ふとした経験から
勘違いをしてしまう、その顛末が見事です。自分の人生には事件が起こらないのだ、という
様を目の当たりにした男のひとときのドラマ。

また、「本物の門番」もベスト1、2を争うほど良かった。
ぼろアパートの階段掃除婦が主人公。実はこれ、凄く残酷なお話ですね。
見栄をはる嘘つき女がアパートに置いて「もらえていた」。その誤解や些事から生まれる
いさかいが読んでいるにしのびなく、彼女のサリーに付けられた鍵、そのしぐさから哀愁を
生み出すこの手腕には脱帽。

他にも、少年が大人への階段を一段上る「セン夫人の家」や、奇病を持つ哀れな少女を
取り巻く人々とその行く末が皮肉な「ビビ・ハルダーの治療」も良かった。
正直言うと、1編目の表題作を読んだ時はそれほど感銘は受けなかったのですが、
3編目の「病気~」にハマってからは一気でしたね。


すべてがお洒落に映ってしまうのは異文化だからなのかどうかは分からないのですが、
自分の日常のどこかを切り取って、この作者に物語にしてもらいたいなあ。
ラストの「三度目で最後の大陸」の結び。普通の生活、繰り返しの日常、平凡な人生。
どう見えるかじゃない。「自分の想像を絶すると思うことがある」の一文は、自分と
作者が繋がり合った一瞬だったな。