すべてが猫になる

ヤフーブログからお引越し。

臨場  (ねこ3.6匹)

イメージ 1

横山秀夫著。光文社文庫


臨場ーー警察組織では、事件現場に臨み、初動捜査に当たることをいう。捜査一課調査官・倉石義男は
死者からのメッセージを的確に掴み取る。誰もが自殺や病死と疑わない案件を殺人と見破り、また、
殺人の見立てを「事件性なし」と覆してきた。人呼んで『終身検死官』ーーー。組織に与せず、己の
道を貫く男の生き様を、ストイックに描いた傑作警察小説集。全八編。(裏表紙引用)



これも積んでました。今までは横山さんの文庫が出るとすぐ買ってすぐ読んでたのにいかんね。
「看守眼」も「震度0」も読みたいのだけど、文庫落ちするまで我慢しているのさー。

では感想。

「赤い名刺」
倉石という男の凄さを了解するのに十分な、オープニングに相応しい一編。
部下の見解や判断に対し、「俺のと違う」と返すのが口ぐせ。
「終身検死官ーーーそこまで見通すものなのか」という一行が全てを言い表わしてますね。
こういう瞬間瞬間を重ねて、倉石を崇拝する人間を増やして来たのでしょう。

「眼前の密室」
横山さんには珍しいように感じましたが、張込みをしているその目の前の家の中で、
その家の奥さんが殺されてしまったという推理ものです。
これに出て来る智子さんは非常に聡明で、倉石とコンビを組ませれば日本中の事件が解決すると
評価されるほど。本書だけで消えてしまうのは惜しい人材ですね(小説としての)。

「鉢植えの女」
この作品集の特徴なのでしょうか。本格ミステリの要素を盛り込んでいます。本編の鍵を握るのは
「暗号」。遺体だけではなく、現場の状況を見て物を見抜く能力ーー。凄いです。

「餞」
退任する刑事の元に毎年届く差出人不明の暑中見舞いーー。ふとした手がかりから突き止めたのは、
悲しみを背負って行きて来た人間のドラマだった。
倉石の最後の一言がとてつもなく重い。彼の優しいだけではない人柄が伺えて切ない作品。

「声」
判事志望の女子大生の身に起きた悲惨な事件。月日は流れ、彼女は検事となったがーーー。
こういう物語は同じ女性としてキツいです。こういう立場の職業に就くならば、被害者の気持ちが
わかってこそだと思うのですが、それが仇となるなんて。心の傷に出口はないのでしょうか。
社会的、体力的に弱い。その事を描くことだけが女を描くことではないと思うのですが。

「真夜中の調書」
「餞」と共通して、倉石の不器用で芯の通った言葉が厳しいですね。本書の横山さんは、
『泣かせる』方向には持って行かないようにした気がします。一人の人間の造形がきちんと
作られていて感心しますね。長寿シリーズにしてキャラに謎や深みを持たせる作品もいいですが、
1冊でもそれが出来るんですよね。

「黒星」
関係ないですが、自分の職業専門のバーとかがあればいいですねえ。お客さんはみんな同業者、
みたいな^^。
本作はわりと異色の作品です。倉石さんの「別の一面」が引き立ちますね。毎日のように
悲惨な現場を見ていても、10家族があれば10の感情と状況がある。マニュアルのない、
経験と人間の器の広さが必要な仕事なのですね。

「十七年蟬」
高校生射殺、撲殺と、悲惨な事件が繋がって行きます。ミステリーとしても読みごたえのある
真相ですが、複雑なのは出来事ではなく人間の心なのですよね。



なかなかの秀作ぞろいでした。倉石が語り手にはならず、常に第三者から映ったものであるので
あくまで一人の男の「一面」を描いたもの、のような気がします。
先日しら菊さんの何かの記事で「女性」に対する見解が述べられていたのが興味深かったのですが、
この作品にも共通するものを感じましたね。待つ女、縋る女、堪える女。。カッコイイ女性も
出て来ましたが、総じて横山さん作品に出て来る女性は古いというか、「男の次」、ヒドく言えば
「付属品」のような描かれ方をしているのが気になります。
まあ気になるのはそこだけで、水準以上の作品ばかりを生み出している横山さんの人間ドラマを
読むといつも充実した気分が得られます。