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魔性の子 (ねこ4.2匹)

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小野不由美著。新潮文庫

どこにも、僕のいる場所はない──教育実習のため母校に戻った広瀬は、高里という生徒が気に掛かる。周囲に馴染まぬ姿が過ぎし日の自分に重なった。彼を虐(いじ)めた者が不慮の事故に遭うため、「高里は祟(たた)る」と恐れられていたが、彼を取り巻く謎は、“神隠し”を体験したことに関わっているのか。広瀬が庇おうとするなか、更なる惨劇が……。心に潜む暗部が繙(ひもと)かれる、「十二国記」戦慄の序章。(裏表紙引用)
 
19.10.28 再読書き直し。
 
祝・十二国記十ン年ぶりの新刊発売ということで、新刊の舞台である戴国の物語を再読することにした。これだけ初読から年数が経っていれば読み方も感じ方も変わるだろうと思っていたが、全くそんなことはなくのめり込めたので嬉しい。ねこ点も変化なし。
以前は読む順番を間違えた(?)のでエピソード0である本書から。いわゆる「ビギンズ」にあたる物語なので、これはこれで最初に読むと分からない点があるかもしれない。でも、刊行順なのでこれで合ってる。
 
戴国の麒麟である泰麒が胎果として蓬莱(日本)の家で「高里要」として生まれ、10歳で姿を消したその後の物語。17歳となった高里は、1年以上の間「神隠し」状態にあり、家庭でも学校でも浮いていた。存在感の異質さもさることながら、高里に危害を加えた者は粛清されるという事実が彼を孤立させていた。ある日教育実習で母校に還った広瀬は、そんな高里が気になってしまう。
 
ホラー作家だけに、人食いや妖しの描写がおどろおどろしい。この世は自分の世界ではないと嘆く広瀬と、同じく帰る世界がある高里とがリンクするのは理解できる。しかし、広瀬の言う厭世的な意味の「ここは自分の場所ではない」と高里のそれとは本質的に違うんだよなあ。広瀬は、高里の存在にやっと同胞を見つけた気になっていたのではないだろうか。そう思うと同情してしまう。再び奈落に突き落とされた気分にならないだろうか。存在の無視、恐怖、阿り、そして攻撃。人間の調子の良さや醜さが浮き彫りになっているのがリアルだった。マスコミの、ネタになりさえすればいいという欲望や無関係の人間たちの野次馬根性は読んでいて気分が悪い。未成年を実名報道したり、証拠もなく断罪しようとしたりする風潮は今では考えられないことだが、これが実際の人の姿かもしれない。ひょっとすると人でないモノより怖いかも。それと対照的に、度を超えた暴力行為で報復、排除する妖しは卑怯としか言い様がない。圧倒的な力や不思議なものには人は無力だ。
 
さていよいよ本編へ。