すべてが猫になる

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二癈人 (ねこ3.6匹)

戦争で負傷した斎藤氏と、夢遊病者の井原氏。二人の癈人が、湯治に来た宿の座敷で語り合う。井原氏は、20年前の、自らの病気によって発生した事件を斎藤氏に訥々と話し始めるーー。(短編)

4作目。文章量は少なめで、二人の癈人しか実質登場しない小さな物語。
雰囲気は満点。「幽かに鶯の遠音が、話の合の手の様に聞えて来たりした」この一行が好き。
時代ははるか昔の物語なのに、その匂いと風景と、二癈人のちょっと寒々しくて哀しい、
静かな恐怖がこれだけで空想出来てしまいそう。

手法はミステリのそれなのだけど、当時はわりとこういう手は珍しく、好評だった模様。
乱歩も自信作だったらしい。「恐ろしき錯誤」の反響の悪さに少しひねてしまったのが
功を奏したかも。

もう半分も読まないうちから、この雰囲気に呑み込まれてオチは見えてしまうが
それを差し引いても、ブラックかつある意味ユーモラスなこの一遍は嫌いではない。
このあたりは好みは分かれこそすれ、これといった駄作はないと思う。
繰り返し読んだ記憶は正直ないが、読んでおいて損はない。

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光文社文庫江戸川乱歩全集」第1巻『屋根裏の散歩者』収録。
春陽文庫江戸川乱歩文庫」第7巻『心理試験』収録。
新潮文庫江戸川乱歩傑作選」収録。