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火車 (ねこ4.5匹)

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新潮文庫。1993年山本周五郎賞受賞作。


息子と二人暮らしである刑事の本間俊介は、足を負傷し休職していた。そこへ、
遠縁である栗坂和也がただならぬ様子で相談を持ちかけて来た。
婚約者の関根彰子が突然失踪したので捜してくれと言う。和也は銀行勤めで、
先日彰子のクレジットカードを作る手配をしたところ、なんと彰子は過去に
破産しており、カードは作れなかった。事情を話すと、もう翌日には彰子は
姿をくらましてしまっていた。
本間が調べてゆくうち、彰子という女性が何の痕跡も残さず足取りを消している
事実にぶちあたる。
一体彼女は何者なのかーー?


読後、言葉も出ない重みのある作品。
誰しもが「面白かった」という言葉だけで消化できないお話じゃないでしょうか。

カード社会の仕組みと、ローン大国日本となった現代、多重債務者人口の
恐るべき増加にはただただ驚いてしまう。このあたりは説明的であるけれど『理由』に
通じるような、ノンフィクション手法でその辣腕を見せた宮部さんの力が光っています。

それに加え、「債務者が地獄にはまるのは本人にも落ち度があるからだ」という
多重債務に縁のない(と、思い込んでいる)一般人の思い込みを、まるで
頭から冷水を浴びせるように覆してしまうこの素晴らしい切り込み方はどうだろう。
しかも、文章からは決して「そう思え」という押しつけがましさは感じられず、
読者と主人公に「考えさせる」余地を残して来るのです。

この500ページ強の1冊の本には、事故で妻を失った刑事と息子への優しさ、彼を
とりまく支えである友人達の個性と、登場しないが輪郭の浮き彫りとなったメインの
女性二人の悲しいほどに壮絶な人生が描かれています。

そして、文章が良い。ある登場人物を、二人称で表現したのも成功ですね。
ラストシーンには賛否両論ありそうですが、私にはもうこれで十分。
もう辛い。この人の人生、続きは本間さんの裁量に委ねたいという気持ちです。

何よりも、
本作には派手な仕掛けもやめられないスリルもないけれど、
読む者の立場や現状は違えど、物の価値観や感情を一時でも動かすパワーがある。
「好きだ」と軽く言うのに少し自分には齟齬を感じますが、
自分の通過点として本書は必要不可欠な1冊でした。