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落日  (ねこ3.8匹)

湊かなえ著。ハルキ文庫。

わたしがまだ時折、自殺願望に取り付かれていた頃、サラちゃんは殺された── 新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。 十五年前、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。 笹塚町は千尋の生まれ故郷でもあった。香はこの事件を何故撮りたいのか。 千尋はどう向き合うのか。そこには隠された驚愕の「真実」があった……令和最高の衝撃&感動の長篇ミステリー。(紹介文引用)
 
湊さんの文庫新刊。ドラマ化もされるようでなかなかの意欲作に仕上がっていたと思う。内容が濃くて重くて読後どっしり疲れた。最後に希望や感動がありつつもそれを凌ぐほどに。
 
語り手の変わる現代の章と過去の章との二部構成。
現代の主人公は駆け出しの脚本家甲斐千尋。自殺する1時間前の人々を描いた映画で賞を獲った長谷部香監督から脚本の打診があり面会するも、監督が描きたいのは千尋が生まれ育った笹塚町で起きた一家殺害事件に関するものだった。想像していたものとかけ離れていた千尋は、一度はその依頼を断ったが―。
過去の章では映画監督香が語り手となる。香は子ども時代、成績が悪いと母親にベランダに締め出されることが多かった。その際、同じくベランダに出されていたらしき隣人の子どもと指先での会話を交わすようになる。やがて香の父親が自殺し、引っ越しを余儀なくされた香。しかし自分を支えてくれた、顔の知らない隣の家の「サラちゃん」を忘れることはなかった――。
 
「笹塚町一家殺害事件」についてそれほど執着も記憶もない千尋と、世間ではそれほど騒がれていないこの事件に過度の執着を持つ香との対比がいい。異常なほどサラちゃんを美化している香に対して冷めた視点で真実を探る千尋千尋自身にも不幸な経験があり(挿入される姉へのメールはあからさまなぐらい違和感があるのでどういうことはすぐに分かったが)、香やサラ、犯人であるサラの兄・力輝斗、そして千尋。それぞれに起きた事件や関わった人々がどう繋がり合って力輝斗が一家殺害という暴挙に走ったのか、気になることが多すぎてページをめくる手が止まらなかった。
 
ミステリーとしてはよく考え抜かれていて良かったと思う。タイトルの「落日」もネガティブな意味だと思っていたら最後に泣かされたしさすがという感じ。これを白湊さんとするか黒湊さんとするかは意見の分かれるところかな。自分的には、不愉快な描写がこれでもかと出てきた時点で黒を推したいところだが。。いじめ自殺や虐待はもとより、映画監督の香が鼻について。。そもそもなぜいい大人が仕事を頼もうという初対面の千尋にタメ口なのだ?この業界ではそれが普通なのかい。千尋のいとこの医者の他人を見下した物言いもイライラしたし、香の幼稚園の同級生マサもいちいち何様って感じだったのだが。。って、千尋も目上の人間にハッキリ物を言い過ぎ。。まあこれぐらい過激で大げさじゃないと面白みもないんだろうが、こんなやつおらんやろレベルのものを持ってこられるとそうしたほうが物語の進行上都合がいいんだろうと思ってちょっとガッカリもしてしまうわけ。キャラクターの性質を途中から変えているわけじゃないので別にいいんだけどね。面白い作品であることに変わりはない。