すべてが猫になる

ヤフーブログからお引越し。

沈みかけの船より、愛をこめて  (ねこ4匹)

乙一中田永一、山白朝子著。作品解説・安達寛高朝日新聞出版。

破綻しかけた家庭の中で、親を選択することを強いられる子どもたちの受難と驚くべき結末を描いた表題作ほか、「時間跳躍機構」を用いて時間軸移動をくり返す驚愕の物語「地球に磔(はりつけ)にされた男」など全11編、奇想と叙情、バラエティーにあふれた「ひとり」アンソロジー。(紹介文引用)
 
乙一さんのひとりアンソロジー第2弾。いないと思うが知らない方のために。全て乙一さんの別名義、作品解説者も乙一さんの本名。
いっときの乙一さんと比べると、かなり持ち直してきたかなーと思う。
 
「五分間の永遠」 乙一
「五分間」をお題とした児童書用のアンソロジーに収録されたもの。元のタイトルは「キモイ少年」だったらしい、そりゃ変えられるでしょ^^;。五百円あげるから母の前で五分間だけ友だちのふりをして欲しいと言われるってすごいな。お金のためならなんでもする小学生ってのもどうなんだ。設定が乙一さんらしい。最後、お金のためではなかったのにそのふりをするようなカッコつけた台詞がいい。この少年にとって必要なのはたった一人の本当の友だち。
 
無人島と一冊の本」 中田永一
地域雑誌に寄稿したショートストーリー。
ジェームズ・バーンスタインは漂流の果てにたった一人猿の住む無人島にたどり着いた。船長の形見?となった百科事典で文明を築き始める猿たちと、バーンスタインとの交流がいい。しかし知能がつくと悪いやつが現れるのは人も猿も一緒か。これは夢ではなかったと信じたいね。
 
「パン、買ってこい」 中田永一
スポーツ雑誌用の一篇。いじめを肯定するような主人公の性格に問題があるとされ掲載されないのではないか、、と懸念したらしいが無事掲載。こういうのが分からない人が乙一さんに依頼しないわな^^;「魁!クロマティ高校」というマンガに似たようなのがあった。賢い主人公が不良のパシリに使われるうち、合理的な流通ラインを確保し商売を始めるっていう(笑)。あたたかいお話で良かった。
 
「電話が逃げていく」 乙一
どんでん返しアンソロジーの一篇。「でんわが滑るー!」って面白いな、ちょっとコミカルなんだけど実はブラックなオチ。最後まで読むとなぜこれが乙一(ホラー)名義なのかがよくわかる。この主婦の気持ち、全然分からないでもないな、とか言ったら人格疑われそうだ。
 
「東京」 乙一
伝奇小説。サニーデイ・サービスのアルバム「東京」をイメージしたとのこと(私も持ってます)。行為未経験なのに妊娠、出産した女性が息子との数年間の暮らしを大切にするお話。息子の能力ってどういうことだったんだろう?得たものはありそうだけど、再会出来るといいなと思ったり。
 
「蟹喰丸」 中田永一
「お酒」がテーマの作品。余命半年を宣告された男は、蟹喰丸に酒を運ぶ役割を与えられ延命した。嫌われ者の蟹喰丸と会っているのは命惜しさのためではないと証明したい男は…。彼がそれでいいならこういう死に方もいいのかも。
 
「背景の人々」 山白朝子
俳優たちが集まって百物語を始めたという設定。ある女優志望の女性がドラマの現場で遭遇した恐怖とは。歯ぎしりとか見える人とか怖いけれど、主演女優の本性の方が怖いわ。。
 
「カー・オブ・ザ・デッド」 乙一
ニートの日比谷は、山道で往生していたカップルを助けることになった。しかしそのカップルの男のほうはかつて自分をいじめていたアイツだった…。ゾンビもの。ゾンビものは苦手なのでちょっとしんどかったかな。。ラストがシュールで良かったけど。
 
「地球に磔にされた男」 中田永一
「十年」がテーマのSF作品。現代にしか行けないタイムマシンって便利なのかどうなんだろう。時間軸が分かれまくって何百人もの別の人生を歩んだ「俺」がいて、しあわせな俺と入れ替わりたい、っていうお話。そう上手くはいかない。自分のしあわせしか見えていなかった男の成長が読みどころ。
 
「沈みかけの船より、愛をこめて」 乙一
「迷う、惑う」アンソロジーの一篇。両親の離婚が決まり、どちらについていくか子どもたちに選択させるというお話。どちらの方が自分たちをより愛しているか、どちらの方が経済的に安定しているか、再婚の可能性は、など論理的合理的に両親を査定しているお姉ちゃんすごい。。その性格と情の深さがアンバランスで、それがまたいい。
 
「二つの顔と表面」 乙一
最後は人面瘡をテーマにしたミステリー。両親が新興宗教の信者で、自身も活動をさせられている女子高生ユイはクラスでも浮いた存在。ある日クラスのカースト上位の女子橋村さんのカバンに猫の死骸が入れられていたことでユイは冤罪を着せられてしまう。人面瘡アイと共に犯人探しをするユイだが…。橋村さんが意外といい人で良かった。ミステリーとしても読めるけれど、友情のお話でもある。新興宗教の二世問題は根が深いな。。
 
以上。
特に前半に好きな作品が集まっていたかな。でもどれも水準以上の出来で良かったと思う。名義それぞれの個性もあったし、乙一名義が多かったのも好み。山白さん一作だけど。乙一さんが別人のふりをして書いている解説(読者が分かっているということも分かっていながら)も面白い。