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罪の声  (ねこ4.2匹)

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塩田武士著。講談社文庫。

京都でテーラーを営む曽根俊也。自宅で見つけた古いカセットテープを再生すると、幼いころの自分の声が。それは日本を震撼させた脅迫事件に使われた男児の声と、まったく同じものだった。一方、大日新聞の記者、阿久津英士も、この未解決事件を追い始め―。圧倒的リアリティで衝撃の「真実」を捉えた傑作。(裏表紙引用)
 
2016年に話題となった、「グリコ・森永事件」を下敷きとしたフィクション小説。この未曾有の未解決事件は自分にとってリアルタイムで体験したこともあって、興味をおぼえた。とはいえ当時10歳だった自分が覚えているのは、テレビや街頭で何度も見た「キツネ目の男」の似顔絵、当時グリコ・森永のお菓子が店頭から消えたことの騒動。脅迫に幼児の声が使われていたことやグリコ・森永以外の菓子メーカーも脅迫されていたこと、菓子メーカーの社長が誘拐されていたことなどは完全に失念していた。名前は違えど現実に起きた事件そのままに描かれているとのことなので、いかに当時の警察が翻弄させられたか、どれだけ大きな事件だったかを改めて知るいい機会となった。
 
主人公はテーラーを営む曽根俊也。亡父の遺品から出てきた、自分の声とおぼしき男児の声。父があの事件の犯人だったのか?俊也は亡父の同級生堀田の力を借り、独自で調査を始める。すると昔祖父が内ゲバに巻き込まれ殺されたことや伯父が左翼と敵対していたことなどを知る。
 
一方新聞社文化部の阿久津は上司の命令で事件を調べ始める。イギリスへ飛び様々な証言を得るも手応えはない。やがて元証券マンや板前から、犯人グループの正体が浮かびあがる重要な話を聞く――。
 
この二人がやがて出会い、事件が明るみになっていく。
時代と言ってしまえばそれまでだが、こんなつまらない理由で…というのが正直なところ。現実にどうだったのかは知る由もないが、一部の人間の自己満足でどれだけの人間が苦しめられたのかと思うと腹が立つ内容。そしてこの作品が重点を置いているのは事件の真相そのものよりそれによって人生を狂わされた子どもや何の罪もない人々の苦しみだった。一度落ちてしまった人間は死ぬまで逃げることを強要されてしまう。そんな彼らを現在の苦境から少しでも救い出したいと奮闘する阿久津と俊也には頭が下がる思い。ここにはリアルなノンフィクションの体裁を取っただけではない物語としての厚みがあった。